BIWA-YOU

『琵琶謡』とは、徒然を謡うこと。写真と、日々思うことを。      そして、できるならば詩や小説も書き綴りたいと思いつつ・・・。

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備忘録、ダンサーSergei Polunin

舞台鑑賞が好きなのは一番上の姉の影響が一番大きいけど、父母も歌舞伎は幕見で見るものだ派だったので、たぶんそういうの好きな家だったと思う。
姉がモダンバレエを始めたのは高校生の時だから、小学生の中学年くらいからバレエを鑑賞にするようになった。なかなか舞台は観に行けないけど、NHKが流してくれるローザンヌコンクールとか毎年観てたりする。
で、この映画の宣伝が流れてきた時「ああ、見たいな」と思って。
邦題は『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』
原題は『DANCER』2016年、イギリス/アメリカ、85分、監督:スティーブン・カンター
ざっくり書くと、あるクラシックバレエダンサーのドキュメンタリー映画。

1989年、ウクライナの黒海に近い町ヘルソンの生まれ。近隣の知っている街というとオデッサかな。(ウクライナといえばキエフ。山岸涼子さんのバレエ漫画『アラベスク』の主人公の街!)
バレエダンサー、特にクラシックバレエのダンサーになるのって、才能のある子たちばかりなのだけど、普通の家庭に生まれたから、家族は彼の才能のために、彼の時間も、家族の時間も注ぎこむ。
そういう人って沢山いるけれど、ポルーニンは悪い方向に向かってしまった。
ロンドンのロイヤルバレエ団で19歳で最年少でプリンシパルになった彼は、喪失感をぬぐえずロイヤルバレエを退団。モスクワで尊敬できる師に出会うものの、それでも先が見えず、とうとうダンサーから引退しようと決めてしまう。
引退の最後にと、ロイヤルバレエ学校時代の友人に振付をお願いし、アイルランドのミュージシャン、ホージアの「Take Me to Church」を音楽に、デヴィッド・ラシャペルの撮影の作品がYoutubeで人気になったらしい。



これを見た人に勇気をもらって、ポルーニンは今もダンサーを続けている。

良かったなぁと思う。
吸収力のある人にとって、ひとつの世界にがんじがらめになるのは勿体ないことだと思う。
一段階、その世界を拡げることのできる才能がある人がこの世にたまにいるから。できれば、彼にはそういう人になってほしいなぁ。様々な世界を見ることで、新たな魅力あるクラシックバレエを造りだしてほしい。バレエ鑑賞を楽しみにしている観客の一人として深くそう願う。

現在彼は、ダンサーを支援する「プロジェクト・ポルーニン」という会社を運営しているのだとか。さらに2本の映画に出演する予定らしい。いつか彼が率いるグループの舞台が日本に来ることを楽しみにしたいと思う。

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ミュージカル「シカゴ」

宝塚歌劇団OGによるミュージカル「シカゴ」の公演を観てきました。

ミュージカルって価格が高いので、これまでに観たのって「オペラ座の怪人」だけかな…。
ディズニーのアニメ映画はいっぱい観てるけど(ほぼミュージカル形式ですよね)
で、今回「シカゴ」を見てみて、ディズニーアニメと変わらない展開方法に、ああ、あれが基本なんだなぁと再認識。

ダンスについては、あ、やっぱり観ないと分かんないよねって思いました。
バレエとは違う世界の表現で、人間を良く見てるんだなぁ、って。
(バレエは、クラシックもモダンも良く見るのですが、全く違う世界でした)

宝塚歌劇団OGの演技。
すごく良かったんです。
観ながら、いままでそう捉えてきたことはないけど、宝塚歌劇団には「型」があるんだな、と。
「型」のある演技は、奥が深い。
「型」があるということは限界があるように思うかもしれないけど、「型」があるからこそ深淵の「芸術」を感じさせてくれて。

長年、宝塚の退団者って勿体ないって思ってはいたんですよ。
芸能界での登竜門だと聞いているけど、それ以上のものを習得しているのになぁって。
勿体ないなぁって。

今回、そういう経験と技術すべてを活かした舞台が組み立てられてた。

あとは、王道のキャバレーとか、ライオンキングあたり観てみたいなー

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映画と聖書と

年末年始は放送されていた映画観て過ごしました。

「ベン・ハー」は馬が出てくるので気に入っている映画です。でも観るのは子供の時以来かも。
原作があるんですね。1880年にルー・ウォーレス(1827-1905)といいう作家が書いた小説「Ben-Hur: A Tale of the Christ」。発表直後ベストセラーになり舞台化されたのだとか。映画化も何度かされていて、私たちが良く知っているのはチャールトン・ヘストン主役の1959年の作品。

話の内容をすっかり忘れていました。とにかく馬が出てくるという記憶だけで(笑)
あと覚えているのは、キリストの架刑でハンセン病の家族が治るという奇跡の場面くらい。
小説のタイトル「Ben-Hur: A Tale of the Christ」に顕れていますが、ベン・ハーの一生が主線とすると、複線はキリストの一生という話だったんですね。

映画を観ながらつくづく、短い間だけど聖書を勉強させていただいて良かったなぁと思いました。
ベン・ハーを養子に取り立ててくれたローマの司令官アリウスの友人に次のユダヤ国の総督になるというピラトゥスという人物が出てきます。
キリスト架刑に向けた判決をする「ピラト」です。というか、数年前までその名前さえも私の脳内にはありませんでした。

聖書を知る人は、ピラトゥスが出てきた時点で多くのことを想像したことでしょう。
今回、私も「ああ!」と思えました!
司令官アリウスという人が心の広い人物として書かれるように、その友人であるピラトゥスも良き人物であると暗に書かれていると感じます。福音書の各場面でピラトがキリストに対し「わたしはこの男に何の罪を見いだせない」と語っているように、その言葉を発しうる人物として描かれている映画だと思いました。
映画では、架刑でキリストが亡くなると嵐が吹き荒れます。そして十字架の下には神の子の血が流れて行きました。その水は川に、海に流れて行くのでしょう。薄まり見えずとも、いまも地球を取り巻く「水」にキリストの「血」があるのだ、そう思わせる一場面も。

同じくチャールトン・ヘストン主演の「エル・シド」という映画も少し観ました。(夜中だったので、途中で観るのを諦めました)
追放されたエル・シドと出会った男性が「私はラザロだ」と言って去って行きます。
キリストが蘇生させたラザロは、死なない人物として描かれることがあります。
エル・シドにおいてはほんの一場面出て来るだけですし、一言言って去っていくだけなのですが、ラザロと名乗っただけで、長く生きて全てを見てきた神の愛するラザロが(いわゆる神の使いが)「彼の今後の運命を知っているぞ」「お前はその運命を受け入れるべきだ」というニュアンスを表現したいのだと思うことが出来ました。

聖書を知らなかったら、どれも主役とは関係のない、スルーしてしまうような一場面です。

聖書を教えてくださっていた牧師先生が高齢で退職されたので、教えを乞うことは出来なくなりましたが、まだまだ読んでないページが沢山あります。聖書の読み方(後代にまとめられた文献のため前後参照、異伝があって作られている文献)はお教えいただいたので、少しずつでも読み解ければと思っています。

勉強に誘ってくださった先輩に、そしてキリスト教者ではない私を受け入れてくださった教会に深い感謝を。

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2016謹賀新年

SNSの発達と共に、年賀状を出さない友人が増えてます。
そんな皆々様へ、ちょっと遅くなってしまいましたが、
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

今回は、鯛を描きましたヨ
001_20160106035811165.jpg
時々のお絵描きなので、のっけからペンタブレットではお絵描きできません。
ましてやイメージだけで鯛を描いたら、漫画になっちゃいますので、
まずは写真をみてスケッチ(一番下。鯛、顔が怖い)
要素が分かったので、自分なりのイメージで描きなおし(左上)
スキャンのためにペンで形をとり(右上)、これを元に一番上の絵が出来ました。
たい

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メイプルシロップを読み解こう

NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部に行ってきました。
毎回のことですが、何よりも気になるのは課題曲の詞。
高校の部の詞を書いたのは、穂村弘氏。1962年生まれの現代短歌を代表する歌人。
課題曲のテーマは「ピース♪」。戦後70年で、平和を考え欲しかったんだとか。
で、高校の部の課題曲のタイトルは「メイプルシロップ」(詩は、最後に)

詩をどう読むかは、読んだ人の自由ですが、合唱曲は作曲者の意図も入ってくるので、曲想である程度意味が限定されてきます。なので、作曲者はこういう詞の読み方をしたのだな、を探るのが合唱の醍醐味でしょうか。

NHK全国学校音楽コンクールでは、多くの生徒さんが歌えるようにと、混声、男声、女声バージョンが作られます。穂村氏はそのあたりに配慮したのか、「恋人」という言葉が使っています。NHKホールでは女声と混声を聴いたのですが、女声の場合なら「恋人」は男性にしてほしいなぁという気持ちになり、混声ならばどっちの気持ちで歌っているの?とワクワクしながら聴いていました。
今度は作曲者が歌い手に配慮していて、歌い手が自由に表現できるよう、詞の独白的部分の3ヶ所を、パートの指定がされていないsolo、soliにしたようです(楽譜を見てないので推測ですが)。その部分は、各団体が様々な表現をしていました。

詩を謳いあげることは、ひとつの物語の形成です。
合唱を歌いあげることも、ひとつの物語の形成です。
各団体がどんな物語を作り上げるのか…とても楽しみにして聴いたのですが、物語を完遂した高校なし(笑)

  恋人が小さな声で囁いた
  「タラコおにぎり食べたいな」


囁いたんだよね? それにしちゃ、はっきり言い過ぎてない?
恋人は女の子なのね?(女声合唱なのに、男の子の気持ちで歌うの?)

  恋人が優しい寝言を呟いた
  「子猫の名前を考えて」


ね、寝言だよね? そんなはっきりした寝言なの?呟いたんじゃないの?近頃は呟くってはっきり言うことなの?
ええっ、さっき恋人は女の子だったじゃん、今度は男の子なの? ジェンダーフリー賛成だけど、たったの数行で前の恋人と別れちゃったの?

  子猫の名前を思いついたよ

この部分はカギカッコがないので、この詩を読んでいる人の声なのだけど。。。
詩を読んでいる人と恋人の声と迷った感あり。(両方という、とりかたも否定しない)
女声は、そのまま女声でOKなんだけど。
混声は、恋人が女の子なら、男声で終わってほしかった…。
全体を男女で歌っているので混合で終わりで良いともいえるが。
できれば、恋人が女の子設定にしたら、詩を読んでる主人公は男の子。恋人が男の子なら、詩を読んでる主人公は女の子。はっきりしたひとつの物語を作ってほしいって思う。

さて、合唱ではなく詞を分解してみよう。
穂村氏は良く考えてこの詩を作っていて、男女関係なくテーマである「ピース♪」を受け止められるように書いているのだが…。
この詩の中で、詩を読んでいる主人公は平和な世界に身を置きながら、一触即発で世界が変化してしまうこと気が付いていて、そのいわゆる「不安」をまるで現実のように感じている。その主人公のそばにいる「恋人」の存在は平和の象徴や現実の象徴として出てくる。この恋人の存在は現実か、それとも夢の産物かわからない。ただ、主人公が現実に戻る、「我に返る」ための存在として出てくる。
この現実なのか現実ではないのか、現実ではないからそれは本当にないことなのか、そんな微妙なところを穂村氏はじっくり子供たちに考えてほしかったのかなぁと思う。
いくつか、うーん、と思う表現はあるけれど、(特にホットケーキ。いまどきはパンケーキだろ?)詩の作り方としては好きです。

順番に思ったこと書き連ねます。

  コンビニの棚は空っぽ
  おにぎりもサンドイッチも消えている


この詩を見た時に、すぐに思い出したのは震災時。
コンビニの棚が空っぽだけならまだいいじゃん…と思うので少々ムカついた表現だったけど、あの時、確かに被災地を優先して東京のコンビニにはなにもなかった。
それでいい、被災地に協力できてるかなって。みんなそう思ってた。

  夢の中の景色みたい
  目覚めたいのに目覚めない


2回出てくるこの2行。
単なる夢か、それとも何かの比喩かを考えさせる言葉。
非現実的な言葉が並ぶこと、第二パラグラフから、現実および比喩を詩として書いていると読み解く。
現実のことであれば、根底にある、テーマ「ピース♪」も読み解きやすくなる。

  恋人が小さな声で囁いた
  「タラコおにぎり食べたいな」
  〈非常口〉の緑の人は逃げ出しちゃった


恋人の声が現実に引き戻す。(恋人の声は、実は自分の声かもしれない)
お腹が空いて、でも今はどうしようもないよねって思ったから「〈非常口〉の緑の人」イコール「自分」は逃げ出しちゃった。

  透明な銃を光らせろ

穂村氏が解説してたんだけど、スピーカーの向きが悪くて良く聞こえなかった。とりあえず私の勝手な解釈。
何かを一生懸命やり遂げようとする時、何かと戦っているよね。
相手は時間かもしれないし、分量かもしれない、知識かもしれない。
相手を透明な銃で撃って生き残れ(やり遂げろ)。
夢の中じゃない、それって現実。

  恋人が優しい寝言を呟いた
  「子猫の名前を考えて」
  でも銃声が激しくてよくきこえないんだ

恋人も、その寝言も「平和」の象徴。「銃声」は思い悩む自分自身。
ほんのちょっとしたことに応えられない、せっぱつまった(と思っている)自分。

  恋人は眠っている
  その血を吸った蚊が青空を漂っている
  私は寝顔を見ている
  恋人は夢を見ている
  暗黒の宇宙の彼方で星が燃えている

  ホットケーキにメイプルシロップ
  ホットケーキにメイプルシロップ

  子猫の名前を思いついたよ


このあたり、超妄想してみる(笑)
「あー。あちー。今日は良く晴れてるなー。あー、こいつまだ寝てるし。あ、蚊飛んでる。刺されたくないなぁ。…こいつ刺されたな、腕掻いてる。…かゆくても起きないのな?良く眠ってる…。あっちーなー。太陽元気だな。あ、お腹すいてきた。ホットケーキ食いたいなぁ。こいつホットケーキ焼くのうまいんだよな。起きねぇかな。あ?メイプルシロップ残ってたっけ?予備あったっけ?うっわーメイプルシロップなしのホットケーキなんてないなー。・・・。こいつなしの俺もないなぁ。ふわふわホットケーキ・・・。よーし、猫の名前はメイプル!」

とまあ。そんなこんな。
高校生たちはどんな物語を歌いながら思ったのだろう?
少なくとも、テーマ「ピース♪」が願ったように、自分のこととして受け取ったのだけは確かだろう。


実際の詩の並び
「メイプルシロップ」

  コンビニの棚は空っぽ
  おにぎりもサンドイッチも消えている
  夢の中の景色みたい
  目覚めたいのに目覚めない
  恋人が小さな声で囁いた
  「タラコおにぎり食べたいな」
  〈非常口〉の緑の人は逃げ出しちゃった

  ホットケーキにメイプルシロップ
  ホットケーキにメイプルシロップ

  透明な銃を光らせろ
  周りではばたばた人が倒れてる
  夢の中の景色みたい
  目覚めたいのに目覚めない
  恋人が優しい寝言を呟いた
  「子猫の名前を考えて」
  でも銃声が激しくてよくきこえないんだ

  恋人は眠っている
  その血を吸った蚊が青空を漂っている
  私は寝顔を見ている
  恋人は夢を見ている
  暗黒の宇宙の彼方で星が燃えている

  ホットケーキにメイプルシロップ
  ホットケーキにメイプルシロップ

  子猫の名前を思いついたよ

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