BIWA-YOU

『琵琶謡』とは、徒然を謡うこと。写真と、日々思うことを。      そして、できるならば詩や小説も書き綴りたいと思いつつ・・・。

要介護認定等基準時間とは?

2年に一度、要介護認定のために役所から調査の人がやってくる。
今日届いたその書面に書かれていたのは、介護度4。
これまで、ずっと介護度は5の認定。
まず、どうして4になったのか確認した。ケアマネージャーとも相談し、不服申し立てをする予定。(私が、ではなく姉が、ではあるが)

要介護認定について厚生労働省のHPを見ると、「要介護認定は、介護サービスの必要度(どれ位、介護のサービスを行う必要があるか)を判断するものです。従って、その方の病気の重さと要介護度の高さとが必ずしも一致しない場合があります。」とある。

要介護4とは、要介護認定等基準時間が90分以上110分未満又はこれに相当すると認められる状態
要介護5とは、要介護認定等基準時間が110分以上又はこれに相当すると認められる状態
とある。

いわゆる時間だというのだ。その要介護認定等基準時間の分類は、
 直接生活介助    入浴、排せつ、食事等の介護
 間接生活介助    洗濯、掃除等の家事援助等
 問題行動関連行為  徘徊に対する探索、不潔な行為に対する後始末等
 機能訓練関連行為  歩行訓練、日常生活訓練等の機能訓練
 医療関連行為    輸液の管理、じょくそうの処置等の診療の補助

身体的な傾向としては、
要介護4  要介護3の状態に加え、さらに動作能力が低下し、介護なしには日常生活を営むことが困難となる状態
要介護5  要介護4の状態よりさらに動作能力が低下しており、介護なしには日常生活を営むことがほぼ不可能な状態
とある。

母は著しく舌の機能が落ち、食事どころか水や自分の唾液さえも飲みこめない状態のためにあるため、経鼻経管を使って栄養を得ている。

役所の回答は、経鼻経管で食事に時間を取られないから、介護度4だというのである。しかし2年前も経鼻経管をしていた。
さらには、経鼻経管は調査日の前の2週間の間に換えてないと認定にならないと言うのだ。経鼻経管の取り換えは、1ヶ月に1度。看護婦さんが取り換えてくれる。管で内臓を傷つける可能性だってある。喉を通すときは間違って気道に行っていないか、気を遣う作業だと思う。短期間で換えたいようなものではない。母は認定調査の3週前に取り換え、1週間後に新しいものに取り換えている。毎日の食事代わりの栄養剤は医師の処方のものを与えている。
経鼻経管は医療行為で、家族と看護婦以外は栄養剤の流し込みができない。
そのためデイケアでも、看護師がいる時のみしか利用ができない。

介護の時間で考えるなら、骨折をしたことで、リハビリパンツと呼ばれる伸びる素材のオムツから、赤ちゃんに使うような前止めのオムツを利用するしかなくなった。リハビリパンツのシートを換えるのと。オムツを全部開いてシートを換えるのではかかる時間も大きい。さらに、痩せ細った母にとっては、オムツの形状が合わないために、毎度漏れるのだ。毎日のように、毎回のように。(リハビリパンツの方が伸縮しておさえてくれる分、漏れが少なかった)パジャマが漏れた排泄物で汚れる。洗濯の機会は3倍くらいになった。

昨年5月くらいに母は下痢が続き状態を大きく落とした。デイケアは熱が37度あると預かってはくれない。預けることは出来なかった。ようやく下痢が落ち着いた頃にお風呂に入れてあげたいと一日だけデイケアに出すようになった。デイケアに出すことが出来る日が減った。介護時間は増えた。

それなのに何故、である。

介護度を替えるということは、受けられてきた様々な支援の一部が受けられなくなるということだ。
もしも、少しでも母の状態が良くなったのなら、うれしい。それで介護度が下がるならどんなに嬉しいだろう。
でも、状況は全くの反対だ。
姉は24時間母の側を離れないけれど、他の方はそうではないだろう。そういう方は、これまでの支援を受けれず、どう生きていくのだろうか?
そこに隠れている「税金で生きている」「国民を苦しめている」「死ね」という日本国からのメッセージを感じずにはいられない。

母は話すことはできない。
母は痛いと訴えることもできない。
寝返りもできない。何度も褥瘡ができたので、エアーマットのベッドを使っている。
座った状態を続けることもできない。そのため、車いすも頭を固定できるヘッドマットのあるものを使っている。そのような状態だから、昨年末腕を骨折した。
舌の機能が落ちて、舌が喉(気道)を塞ぐ状態になる。体調の悪化は痰に繋がり、喉に絡まることも。ゆえに呼吸ができなくなることがある。舌の状態を時々確認する必要があるし、痰が絡まっている時は吸い上げることをしている。
脳の指令が止まるのか、自分で呼吸を止めてしまうこともある。
拘縮が毎日ある。特に夜中は2~3時間くらい続く。そういう状態の時はぜーぜーと苦しい音を立てている。姉は夜中、拘縮が収まるまで母をさすっている。

PageTop

6年が過ぎた

早いなぁ。6年。
多くの人がこの日を境に生きている。
私もその一人だ。

あの日から、非、日常を生きている。

通常に戻ることなく、
あれよあれよと、非、日常ばかりが起きた。
非、日常は蟻地獄みたいだ。

6年を振り返ってみて。
駆け足だったなぁ、と思う。
その実、全く前に進んでない。

一か所で全力疾走しているんだよなぁ。
2017.03.11

PageTop

「シン・ゴジラ」のセリフに著しく反応

映画「シン・ゴジラ」を観ました。(映画の感想ではありません)
いくつか、考えてしまったセリフがありました。

―「かの国の属国」
私もそう思ってる派。
アルピニストの野口健さんが書いていたのですが、「終戦記念日」ではなく「敗戦日」にすべきと書いていて。さらに、そういう議論が戦後あったと。日本が占領した国が「解放記念日」とするのと同じ考えですね。言葉で意識は変わるからとも書いてあって、そうだなぁと納得。
なんなら、「軍国主義からの解放記念日」にでもしたら?と思ってみたり。

―「市民の自主避難に任せる」
どこか、揶揄が含まれた表現だなぁ。
もちろん、日本国と日本国行政に対して、ね。
ホント、力説したいんですが(笑)
そんなんじゃ、ダメ!
脚本関係に、被災者いなかったのかもなー、と思いました。
何度も力説しちゃうけど、
実際の災害があった場合、自分の意志で行動することが、まず第一。
補助として自治体がどう行動するのかを把握する、くらいが現実。
映画だからこそ、こういう表現は使ってほしくない。
「自助努力の方が命を助けられる」って言ってくれないと、次の災害の時、また哀しい悲劇が起きる。
最終的に行政は助けてくれるけど、ホント最後だと思ってた方がいい。
何かあった時「すぐに」助けてくれるのは「自分」!

―「屋内退避の指示」
東電の事故当時、何が正しいなんて知らなかったけど、もろもろ読んでいると、ある程度の放射線から一時的に身体を守るには屋内退避という選択で良いっぽい。
で、それを認識するにつれ、「知識」を持ってた人は「屋内退避」を知ってたんだろうって思う。
強い言葉で恐縮ですが、そんな皆さん。あなたは「罪」を犯したんです。
そりゃ、皆さんは福島県にいなかったカモ。30キロ圏内が強制避難したから良いと思ったカモ。風向きが重要って知ってたから、スピーディのデータを県庁に送ったもんね、それが重要って思わなかった県庁が悪い!って? んなワケあるか!!
物理に詳しい人は、戦慄を覚えるほどに放射線が怖かったのでしょう? 怖くて逃げた人、沢山いましたよ。
知識がない人はもっと怖いんですよ? だって知識がある人が怖がるんですもん。
「屋内退避」、そう一言、言ってくれれば、多くの人が放射能物質が風で飛ばされて来た日々、外に出ないでいられたんです。
余計な放射線に触れなければ、後日の、土壌の汚染への対処、汚染がひどいところを避けるだけで済んだんです。
そうすれば、みんな心を病むこともなかったんです。
黙っていたアナタ。
自分は関係ないって思ってませんか?
知ってたのに、何故言わなかったんです。
みんな死んじゃうかもしれないから言わなくてもいい、そうとでも思ったんですか?
あの時、福島に居た人、みんなが一生をかけて気に病むんです。
あなたも、一生をかけて気に病みませんか?
気に病むだけで、人は死ぬ場合もありますよ?
ねぇ。
そうやってなくなっていく人の「死」は、あなたの「罪」ですねぇ。
ねぇ。
裁判では裁けないみたいなんです。
自分で自分を裁いでほしいですねぇ。

と、恨み辛みをことほがせていただき…。

まぁ、放射線量が上がるようなことがあったら、必ず「屋内退避指示」してほしいですね。
基本、自助努力なんで、屋内退避してください。

PageTop

戦争とは。

GYAO! で映画「男たちの大和/YAMATO」(2005)を放映していたので観ました。。
観るの3度目かな。
もう10年以上も前の作品になるんですね。
血ふぶきだらけだけど、子供たちに観てもらいたいなーと思う映画です。
だって、人力で砲座動かすのよ? 砲弾、人力で運ぶのよ?
飛行機は160km/秒で進むって説明してるのに、手で回す砲座が間に合うかっての。
銃弾も後ろの人が押さえてるし。艦長なんて、なんの防御のないところに立っているし。
ありえん、ありえん、ありえん。と何度も呟いてしまう。
しかし、この時代はこれがたぶん普通。
現代のテロの人間爆弾。ありえないって思うけれど、それが普通だった時代は、すぐすぐ前の時代だって、理解させてくれる。
戦争は、命を大切にしない。
人を人としてみることもしない。
そんな現実を教えてくれる映画だ。

去年、戦後70年で、戦争体験者が「言うことができなかった」というコメントをしていて、私はとても愕然とした。辛い思いをして何故?
良く考えてみれば、そういう時代だったのだと思う。
そして、何よりも誰もがいろんな意味でショックだったんだろう。
私も、思考が飛んだ経験がある。そういうのかなって。
ああ、難しいよね。
だって、思い出せないもん。
思考(記憶)、すっとんだから。
いや、あったことは記憶しているの。
ずごく辛い経験をしたってことも覚えてるんだけど。
心が固まるんだよ。
そういうことなのかな。

PageTop

5年目

5年前、オロオロしてた時間だ。
今日は自分の予定が落ち着いているので、客観的?に過ごしている。

報道等は、この5年間の検証のような内容を追っているようだが、
どこかに書かれていたけど、「報道が求める被災地」の人や事でしかない。

アウターライズ地震はもう少し起きるだろうし、
余震もまだ起きるだろう。
震災の余波である火山噴火も続いているし、
大震災の余波である、他の地域の大地震も遅かれ早かれかな、と。

次の災害に向けて、弱い部分の抽出や補填は進んでいるのだろうか?
政府のちょっとした報道を聞いても、
世の中のちょっとした記事を読んでも、
進んでないな、って思う。

改めてウィキペディアの東日本大震災の項目を開いた。年々まとまってきているが、
「この白河市から郡山市にかけての中通り中南部は他県の内陸市町村に比べて家屋損壊も際立っており、矢吹町では総戸数の30%の家屋が全半壊、鏡石町では総戸数の23%の家屋が全半壊、郡山市では2万戸が全半壊、これらは共に津波被害のない内陸市町村としては最大級であった。」
という一文があった。
だよねー。という気持ちになる。
だからといって、郡山を含めた各地域が、地盤の調査をしているという話は聞かない。
他の地域で地震が起きた時の参考になる被害地だと思うが、地震の被害より原子力発電所の事故被害の方が報道されるだけなんだろうな。

PageTop