BIWA-YOU

『琵琶謡』とは、徒然を謡うこと。写真と、日々思うことを。      そして、できるならば詩や小説も書き綴りたいと思いつつ・・・。

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よしなしごとをそこはかとなく(2)

「福島にゆかりのある」
我々、福島で育った人間を形容することば。
生まれも、育ちも福島だし、家族も親戚も友達も福島にいるのに。
その言葉を発した人は、「ご家族は大丈夫でしたか」とは聞いてこなかった。
福島のためにコンサートを開くのでチケットを買って欲しいと言ってきた。
大きな災害のために何かをしようと思われるのは凄いことだと思う。
でも、何か足りなくはないか?
被災者の家族、という概念は、被災者の家族にしかないらしい。

「大震災=津波」
確かに、津波がなければ、原発もあんなに大きな事故にはならなかっただろう。
長い揺れで建物の躯体がダメになっただけで、町々は瓦礫にはならなかった。
だから、人々は津波被害のなかった地域は問題がないと考えている。
目に見えるものしか見えない。それは仕方のないことかもしれない。
つくづくマスコミの取り上げ方を恨んでしまう。

「県人会」
すでに福島に家族も近い親戚もなく。
あっても知らない遠い親戚がいるだけなのかな。
福島の現実を知らない人たち。

「後援」
イベントに「○○後援」とか団体名が書かれているのに気がつくことがあると思う
知っていただろうか?
あれは、名目上だけなのだ。
なんのお金のやりとりもない。市町村とかに後援してもらうと、「官報」なるものに、記録が残るらしい。
ただ、それだけ。
そのイベントの団体がどこに属しているのか、関連性があるのかが分かるって程度のもの、それが「後援」。

「チャリティ」
知らなかったが、「チャリティ=お金儲け」なんだそうだ。
「後援」なんぞイベントを開催するのに申請が面倒なだけなのだが、関係性や重要性の訴求には役に立つ。
そこで県や都に申請したけれど、まず2つの理由で断られる。
1つ目は、「一部の人ではなく、あまねく人への貢献でなければならない」
2つ目は、「チャリティは金儲けだから」
最終的には県の後援をもらうことができたけど、「チャリティ=お金儲け」にはびっくり。
なんてひねくれた思考なんだろうか。
そんな「世間一般の常識?」を知ったため、私たちのイベントからチャリティという言葉はなくなった。会場内に募金箱を置くのもやめた。チケット代は費用として消え、私たちの持ち出し分が寄付金になったのだった。
収益だけ考えると、大変な思いをしてイベントをするくらいなら、最初から寄付だけすればいいということになる。
私たちのイベントにチャリティという言葉はないが、その趣旨は「チャリティ」で行いたかった。「慈善・博愛・同胞愛の精神に基づく活動・行為」それが本来のチャリティの意味である。
みなさまからいただいたお金(チケット代)で、生徒達をふるさとから呼び寄せ、コンサートを開催できたことは本当に感謝するばかりだ。

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