BIWA-YOU

『琵琶謡』とは、徒然を謡うこと。写真と、日々思うことを。      そして、できるならば詩や小説も書き綴りたいと思いつつ・・・。

よしなしごとをそこはかとなく(4)

2011年を表す語となった「絆」
この語にはとても違和感がある。
絆【人と人との断つことのできないつながり。離れがたい結びつき。】(Yahoo!辞書)

震災で、インフラの回復、人々の身の保全のために活躍した方々がいる。
消防、警察、自衛隊の方々、各自治体の方々、電気、水道、ガス、道路などに携わる方々。彼らの活動は並々ならないものがあり、感謝するばかりだ。
でも、良く考えてみれば、それは被災地の人々なのだ。
被災者が被災者を助けている。

テレビは津波破壊地域に入り、全国から支援に駆けつけた人々に対して、被災者の人たちが「ありがたい」と感謝の言葉を口にする様子を映し出す。
テレビ画面は現地の担当者を映さない。(もちろん、現地の担当者は被災者だ)外部からの支援で被災地が成り立っているかのように編集されている。
派遣された自衛隊の隊員に被災者が含まれることも報道しない。東北のインフラに関係のない福島第一原発で事故処理をする作業員の多くが福島の人間だってことも殆ど報道されなかった。自分の家が津波に流されて、避難所から原発に通った人も多かったのに。
結局、テレビやマスコミは「絆」という美談を作りたかったのだ。

また、「やってもらえるのは当たり前」と考えている被災者もいた。
ある意味正しいのだけど、全員が被災者。
お互い様はあっても、やってもらえるのは当たり前、はない。
それは、これまでの日本のあり方の良くない部分が出ていると感じる。

時々見かける、震災関連の過労死のニュースが悲しい。
絆があるなら、そんな人は出てこないはずだ。

被災地とならなかった日本各地の人々が「絆」という言葉に癒されたのは事実だろう。
ただ、この「絆」という言葉に隠されて、見逃されたことがたくさんあるのもまた事実だと思うのだ。

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