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『琵琶謡』とは、徒然を謡うこと。写真と、日々思うことを。      そして、できるならば詩や小説も書き綴りたいと思いつつ・・・。

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「アート」の定義を考える

坊主カフェがあるという。
その名も「移動傾聴喫茶 Café de Monk」。
「Monk」は坊主や牧師のこと。宗教、宗派にこだわらずに、僧侶や牧師さんたちが、主に津波被害地の仮設住宅をケーキとコーヒーを携えて巡回し、人々の心に傾聴する活動をしているのだそうだ。
人の心に寄り添い、その言葉(文句と悶苦)を聴く。
亡くなった方をイメージして作る「地蔵」、そして時に音楽…。

活動の詳細は検索すると沢山出てくるので、興味を持った方は検索されてみるといい。
本当に素晴らしい活動をされている。

さて、この先は私の戯言である。
被災地&被害地に住む、もしくは故郷とする友人たちは、そうだねと頷くと思う。
これから来るかもしれない災害について、心の準備をしておきたい、と思う方には、お付き合いいただければ、と思う。

「移動傾聴喫茶 Café de Monk」をなぜ知ったかというと、坊主Barってあるんだよ?という話をしたら、坊主カフェがあるよ、そのトークショーがあるよ、と教えてもらったから。なぜトークショーが行われたかというと、十和田市現代美術館でその団体の活動を展示しているからだとか。

◆「アート」の定義を考える
十和田市現代美術館は今回、「Café de Monk」を「アート」として展示しているという。
被災地の様子や支援活動を公の機関で紹介する企画は各地で行われている。当事者への応援であったり、支援活動の拡散や協力のためであったり。それぞれの目的は様々だが「アート」として展示されてはいない。

「“芸術”“アート”の定義はなんだろう」というのは、実は私の長年の課題だ。

例えば「天平美術」など名称がついている「美術」は形式や系統のことだではないかと思う。一方、人それぞれの主観によって「アート(芸術)」の定義は異なる。私が「これこそアート(芸術)だ」と思ったとしても、「そんなことないと思う」という人もいるわけで。ゆえに「これはアートだ」と誰かが言えば「アート」なのである。だから、十和田市現代美術館が「Café de Monk」を「アート」と言えば、「アート」なのである。
確かに「Café de Monk」の人の心に傾聴する活動自体は「アート」ではないが、そこから生まれる「人の想い」は、確かに「アート」として受け取れる。

また、「アート」と呼んだ時、そこに「確立」を感じないだろうか。「アートとして成立している」と。それに、当たり前だが「アート」は「過去」だ。存在しないものを評価することはできないのだから。

トークショーで和尚さんのお話しを聞き、その場の人々の感想を聴いてきたのだが、自分の中でいろいろ整理してから思ったことは、「残念だな」である。
「Café de Monk」の活動に「過去」を感じさせることはマイナスだと思った。むろん東日本大震災は過去だし、支援をし始めているも過去なのだが。「アート」と呼ぶことで、「Café de Monk」の活動の向こうにある現実を掻き消していると思ったのだ。

◆被災することの「現実」とは
スライドの最初、和尚さんのお寺のある栗原市が「震度7以上、計測不能、ライフラインが止まる」であったことを話された。さらりとお話しされたから気が付かないが、和尚さんは“被災者”なのである。

“被災者”が“被災者”を助ける。

被災したことがないのに、「それが当たり前でしょ」って思っている人は凄いと思う。
私は実家が被災地になり家族が被災して、その事実が信じられなかった。
津波被災と地震被災は、被災の規模も内容も大きく異なる。甚大な被害だった津波被災地の人を助けるのは当たり前じゃないかと思う方もいるだろう。ましてや僧侶、仕事するのが当たり前だろうと。

どうか一度自分に置き換えて考えてほしい。
電気、ガス、水道が止まり、輸送機関が止まり、冬の最中。輸送機関が止まり、石油もガソリンも来ない。東北の多くの家は石油ストーブを使っている。保温なしに零下の寒さにどう対処すべきか。ガソリンなしにどうやって石油を買いに行くか。それが、津波で流されなくても、岩手、宮城、福島の人々が、それぞれ期間は違っても長きに渡って味わった生活だ。

もしも、あなたが電気会社に勤めているとしよう。
あなたには臨月のお嫁さんがいて、介護の必要な親を抱えている。水は配給、お店が開くのは短時間。石油もガソリンも底をついている。それぞれ長蛇の列。動けるのはあなただけ。
電線を繋げば、あなたの家には電気が通る。病院も稼働し続ける。
電線を繋ぎに行っている間、あなたの家族はどうなるのだろうか。水は?食料は?移動に必要なガソリンは?誰が確保するのだろうか。お互い様だからと、隣人にお願いできるだろうか。
電線を繋ぎに行くことは、家族を見捨てることでもある。

和尚さんがなぜ、東北大学で「臨床宗教師」を養成する講座を立ち上げるために尽力されているのか。
自衛隊、警察、消防、行政、そして事故を起こした原発の従業員などなど多くの公共施設で働いている人々が被災地にもいる。全国からの支援がなければ成し遂げられなかったけれど、その多くが地元の被災者であったことを認識してほしい。家族をないがしろにして、後ろめたい気持ちの中、活動された方もあったことを。生活に支障がない人でも、自分の故郷のことだからと、人一倍頑張った方もあったことを。

和尚さんはおっしゃっていた。「支えてもらうっていうのは、小指程度の力を他人に委ねること」「支えるっていうことは、小指程度の力を受け入れてあげること」だと。
東日本大震災では、その加減が分からず、多くの人が疲弊している。
私も、廃人になりかねない「支え合い」は危険だと思う。

これが、被災することの現実なのだと心しておきたい。
誰かの助けの手が来ない、というわけではない。その助けを受けにくかったり、最後だったり、ということがあるということを覚えておきたい。
そして、自分が動けるなら、助けの手のひとつになることだ。

今回の広島の土砂災害で、居住継続が可能な被災者たちが「向こうで行方不明者を探しているから、こちらにはまだ手が回らないみたいだ。自分たちで行わないと」と土砂を掻き出す様子がテレビで流れていた。これは普通のことだと思う。
行政に不手際があるような報道の言葉の足りなさが憎々しかった。

大震災と同じ年、和歌山での台風被害で、自宅が流され、お嬢さんが亡くなりながら、気丈に災害の指揮を取られた町長がいらした。
そんな頑張りを、自治体のトップだからとさせることは本当に正しいことだろうか。

◆「絆」はあるのではなく作らないとない
「Café de Monk」の活動は、本当に「絆」の大切さを教え、知ることのできる活動だ。
こういう活動があることに心からほっとする。
和尚さんが「寂しくないか」と聞くと、「寂しくない」と被災者は答えるという。そう答えて、その人は「Cafe de Monk」が開いている間中、その場にいるのだそうだ。
前段に書いたように、多くの人の心が疲弊している。「Café de Monk」が必要なのは、津波被害地だけではない。

東日本大震災を経験して、多くの人が「絆」を唱えたけれど、“現地”を経験しなかった人々は、時間が経つごとに、「絆」というお題目に安心している。「誰かが人々を支えている、何かあった時、きっと支えてくれる人がいるから大丈夫」―トークショーを聞いていても、そんな声が聴こえたような気がした。
けれど、現実は違う。
何かあった時、誰も支えてはくれない。
時間が経ってでも、和尚さんのような人に出会うことが出来たら、倖せなのである。

「アート」として紹介してしまうと、それが稀有の存在ではなく、スタンダートのように思えてしまうことも弊害だ。
活動の支援として展示するのは必要なことだ。支援活動を継続的に行うためには資金が必要だから。どうやって資金を工面しているのかはあまりお話しいただけなかったが、大変なことだと推察する。

◆蛇足
「Café de Monk」の活動は、被災地以外の九州などでも開始されているのだそうだ。
戦後の日本は宗教色を嫌う傾向があるので、宗教というと「死」と隣り合わせのイメージを持つ人が多いと思う。般若心経の現代語訳などを読んでもらうと良く分かるが、仏典は生きるためのヒントが語られているのであって、死んだあとにどうこう、ではない。キリスト教も同じく、生きるための戒律がとうとうと書かれている。神道は生死よりも「場所」「時」に特化した儀礼で、農耕を滞りなく継続させるためのシステムだと私は考えている。
宗教というものは、人がどう生きていくかを示唆する役割を担う存在だと思う。
「Café de Monk」の活動はまさに宗教の本来の姿なのだ。

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