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『琵琶謡』とは、徒然を謡うこと。写真と、日々思うことを。      そして、できるならば詩や小説も書き綴りたいと思いつつ・・・。

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古い建物散歩(御茶ノ水篇)

神保町からさらに御茶ノ水方面へ歩いて行きました。

(番外3)山の上ホテル
1936年(昭和11年)竣工。ウィリアム・メレル・ヴォーリズ設計。アール・デコ調。
写真は撮らなかったのですが、ここも古い建物のひとつ。戦後、GHQに接収された建物で、元々は財団法人日本生活協会という団体の持ち物だったそうです。接収解除後、1954年にホテルとして開業したのだそうです。
設計者ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880年~1964年)はアメリカ人。1941年には日本に帰化しています。実業家としても有名で、私たちの生活に溶け込んでいるメンターム(近江兄弟社)を日本に普及させた人です。上記の旧主婦の友社の他、教会、学校、個人宅など多くの設計をしています。近江兄弟社の名前の通り、滋賀県八幡市を拠点に活躍しましたので関西地区に現存する古い建物の多くがこの方が設計した建物です。関西で古い建物巡りをしたら、たぶん“ヴォーリズの追っかけ”をしている気分になるでしょう。
場所は明治大学リバティタワーの裏です。

(6)ニコライ堂
実はこのニコライ堂が、今回の散歩のきっかけ。ずっと中に入ってみたいと思っていたのですが、なかなか拝観時間に行くことが出来ず、外観の写真を撮ったことはあっても、中を見たことがなかったのです。

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1891年(明治24年)竣工。ミハイル・シチュールポフの基本設計、ジョサイア・コンドルによる実施設計。
ミハイル・シチュールポフはロシア工科大学の教授で建築家。この方の詳細は分かりませんでした。基本設計ということは、ロシアで設計したってことかな?
ジョサイア・コンドル(1852年~1920年)は英国人。日本の多くの建築家を育成した人物です。鹿鳴館(1883年)、三菱一号館(1894年)、旧岩崎邸庭園洋館(1896年)、旧古河庭園(1917年)などを手掛けました。東京で洋館を廻っていると“ジョサイア・コンドルの追っかけ”の気分になります。ゆえに、ニコライ堂でも「ああ、また追っかけしちゃったよ」の気分になりました。

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ロシア正教会のビザンチン様式の建物。中に入ると教会の方が「聞いてください」とおっしゃって下さるので、いろいろとお話を聞かせていただきました。そこで、正教がキリスト教派の中では一番古いと知りました。これまで意識して考えたことはありませんが、ああ、だから「正」なんだなぁと今さらながらに納得。聖歌にもいろんな種類があるというのもお聞きし、勉強が足りないなぁと思いました。
偶像崇拝を禁じる宗教というと、イスラム教、ユダヤ教、キリスト教、仏教などがあります。仏教はもうそんなことは過去とばかりに偶像(仏像)だらけですが、キリスト教については宗派で意見が分かれています。カトリックの教会には芸術的な「像」が沢山あります。正教は、教会内部は「イコン」と呼ばれる宗教画を沢山飾っています。プロテスタントはそういうものはなく、あって十字架くらいです。今回、「絵」は「偶像」には当たらない、とお聞きし、びっくり。このあたりはイスラムの見解(鳥でさえだめです)と大きく違うのだなぁと思いました。
ニコライ堂は御茶ノ水駅を小川町交差点に向かう途中にあります。

(7)湯島聖堂 徳川綱吉が建てた孔子廟。1691年完成。関東大震災、戦災により焼失。1935年(昭和10年)に伊東忠太による設計にて、1797年当時の建物をもとに再建したもの。

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なんか自分の認識より古い存在だったことにびっくりです。
ちなみに再建の設計を手掛けた伊東忠太(1867年~1954年)は山形県米沢市出身。この方の手掛けた建物群はすごいです。私が行ったことのあるところを並べただけでも、橿原神宮、平安神宮、明治神宮、一橋大学兼松講堂、大倉集古館、遊就館、靖国神社神門&石鳥居、築地本願寺。日本の建築史を創始した方だそうです。建築界の本居宣長のような方でしょうか。すごすぎるー。
御茶ノ水駅からすぐ。

(8)神田明神 歴史は730年に遡る宮。関東大震災にて消失。1934年(昭和9年)再建。
祭神は大己貴命、少彦名命、平将門。
神田明神は年初め、地域の企業が初詣にこぞってやってきます。人人人、の風景をこのところ見ていたので、こんな神社だっけーな気分でした。
平将門が祀られていることから、祈願すると「勝負に勝つ」のだとか。へー知らなかったなぁ。

(9)東京駅駅舎 1914年(大正3年)竣工。辰野金吾設計。
散歩の最終地点は東京。今回はかつての駅舎内部に触れることのできる虎屋の喫茶室「TORAYA TOKYO」でお茶をしました。
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駅舎の煉瓦を見れるように、むき出しにしている場所です。煉瓦、100年前の本物です。修繕前も東京ステーションギャラリーの一部として少し見ることができましたが、「TORAYA TOKYO」では、大きく見せており、少々感動します。
辰野金吾(1854年~1919年)は、ニコライ堂で触れたジョサイア・コンドルの教え子の一人。教え子といっても年齢はあまり変わらないですね。彼が英国留学から帰ってきて教授に就任すると、ジョサイア・コンドルは解任されちゃう。うーん、何があったんだろー。
日本銀行(1896年)、大阪市中央公会堂(1918年)などが代表作。いつか泊まってみたい奈良ホテル本館(1909年)も彼の作。
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「TORAYA TOKYO」ではこんなお菓子が食べれます。

良く考えてみると、神田近隣はとても縁の深い場所です。
祖父と母、次姉が通った大学がこの地域にありますし、大学卒業後に就職した会社もこの地域です(私が勤務したのは別の場所だけど)。そんなことを含めれば、軽く10年以上をこの地域で過ごしたことになります。
特にニコライ堂、湯島聖堂、神田明神は父母と来たことのある建物です。何で来たのかなぁと考えてましたが、たぶん次姉の大学の入学式に来たことがあるので、その時についでに回ったのだと思います。かれこれ30年も前のこと・・・。
たしか、甘酒をいただきました。いまや大切な思い出です。
隣の四ツ谷には祖母の実家がありましたし、四谷三丁目は上京してきた父が住んだ町。たぶんこの地域は私の家族のルーツのような場所といえるのかもしれませんね。

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