BIWA-YOU

『琵琶謡』とは、徒然を謡うこと。写真と、日々思うことを。      そして、できるならば詩や小説も書き綴りたいと思いつつ・・・。

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映画と聖書と

年末年始は放送されていた映画観て過ごしました。

「ベン・ハー」は馬が出てくるので気に入っている映画です。でも観るのは子供の時以来かも。
原作があるんですね。1880年にルー・ウォーレス(1827-1905)といいう作家が書いた小説「Ben-Hur: A Tale of the Christ」。発表直後ベストセラーになり舞台化されたのだとか。映画化も何度かされていて、私たちが良く知っているのはチャールトン・ヘストン主役の1959年の作品。

話の内容をすっかり忘れていました。とにかく馬が出てくるという記憶だけで(笑)
あと覚えているのは、キリストの架刑でハンセン病の家族が治るという奇跡の場面くらい。
小説のタイトル「Ben-Hur: A Tale of the Christ」に顕れていますが、ベン・ハーの一生が主線とすると、複線はキリストの一生という話だったんですね。

映画を観ながらつくづく、短い間だけど聖書を勉強させていただいて良かったなぁと思いました。
ベン・ハーを養子に取り立ててくれたローマの司令官アリウスの友人に次のユダヤ国の総督になるというピラトゥスという人物が出てきます。
キリスト架刑に向けた判決をする「ピラト」です。というか、数年前までその名前さえも私の脳内にはありませんでした。

聖書を知る人は、ピラトゥスが出てきた時点で多くのことを想像したことでしょう。
今回、私も「ああ!」と思えました!
司令官アリウスという人が心の広い人物として書かれるように、その友人であるピラトゥスも良き人物であると暗に書かれていると感じます。福音書の各場面でピラトがキリストに対し「わたしはこの男に何の罪を見いだせない」と語っているように、その言葉を発しうる人物として描かれている映画だと思いました。
映画では、架刑でキリストが亡くなると嵐が吹き荒れます。そして十字架の下には神の子の血が流れて行きました。その水は川に、海に流れて行くのでしょう。薄まり見えずとも、いまも地球を取り巻く「水」にキリストの「血」があるのだ、そう思わせる一場面も。

同じくチャールトン・ヘストン主演の「エル・シド」という映画も少し観ました。(夜中だったので、途中で観るのを諦めました)
追放されたエル・シドと出会った男性が「私はラザロだ」と言って去って行きます。
キリストが蘇生させたラザロは、死なない人物として描かれることがあります。
エル・シドにおいてはほんの一場面出て来るだけですし、一言言って去っていくだけなのですが、ラザロと名乗っただけで、長く生きて全てを見てきた神の愛するラザロが(いわゆる神の使いが)「彼の今後の運命を知っているぞ」「お前はその運命を受け入れるべきだ」というニュアンスを表現したいのだと思うことが出来ました。

聖書を知らなかったら、どれも主役とは関係のない、スルーしてしまうような一場面です。

聖書を教えてくださっていた牧師先生が高齢で退職されたので、教えを乞うことは出来なくなりましたが、まだまだ読んでないページが沢山あります。聖書の読み方(後代にまとめられた文献のため前後参照、異伝があって作られている文献)はお教えいただいたので、少しずつでも読み解ければと思っています。

勉強に誘ってくださった先輩に、そしてキリスト教者ではない私を受け入れてくださった教会に深い感謝を。

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