BIWA-YOU

『琵琶謡』とは、徒然を謡うこと。写真と、日々思うことを。      そして、できるならば詩や小説も書き綴りたいと思いつつ・・・。

平穏死

人間は生物だ。
野生の中で生物が死を迎える時。
特に弱肉強食のセオリーの中、それは当然に、そして自然にやってくる。
ところが人間は科学および社会的手段によって「死」を遅らせることが可能だ。

それは
時に、正しい。
時に、劣悪だ。

「尊厳死」という言葉がある。
人間が「自由」を政治の基本とするならば、個人の意思を尊重する「尊厳死」(その人物の希望する死)は適えられるべきであろう。
ところが「尊厳死」に“日本国”は足踏みする。
“日本国”では最悪の場合、尊厳死=殺人 なのだ。

「心」ある人にはどんなことをしても生きていてほしいと、私は思う。
・・・「心」ある限り、「人」は生きている。
私はそう信じている。

では「心」とは何か?
そこを“日本国”は明確にしていない。

母は言葉を発する。
時折、その状況にあった言葉を発している。
それを「生きている」と?
“日本国”よ、私の母は健康か?生きているのか?健康な「心」を保持しているというのか?

「ポックリ死にたい」
そう言っていた、母の声を覚えている。
もう一言もその言葉は聞けない。

本来、親の願いをかなえることが子供の役割だ。

母に「死」を与えられず、
それを「殺人」にしてしまう“日本国”の法律を怨む。
私は母が望んだ「死」を母に用意することができない。
“日本国”よ、親孝行したい家族を殺人罪として罪を問うのか。
“日本国”よ、私を親不孝にするのか。
人民が生きるために政治はあるのではなかったか?

この間、新聞で「平穏死」という言葉を知った。
食べることができなくなった時、胃瘻にしないこと。
「衰弱死」
・・・本来の生物のあり方。

母が望んだことを、母に。

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コメント


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うん

日本では本当に難しい問題だと思います。
連ねた文に、ただただうなづくことしか出来ませんでしたが・・・。
臓器提供意思表示カードがある様に、自分で死に方を選べる選択肢を作ってくれたらいいのにと思いました。
死は、生あるものに必ず訪れるものです。
ならば、死に方だってそれぞれが選ぶ権利を持って当然だと。
第三者の意見や考え方がいちばん正しいなんて、私は思いたくありません。
目先の小さなことにばかりとらわれていないで、もっと大切なことにも気付いてくれればいいのですが・・・。
生きることだけが人生じゃないのにね。
その人らしく、生きて、死なないとね。
なんで日本はこんなに苦しんでいる人たちを救えない国なんだろうって哀しくなるばかりです。
ある意味、苦しみのない、幸せすぎる人たちが多すぎるんでしょうか・・・(T_T)

ゆうこ | URL | 2010-09-17(Fri)21:54 [編集]


そうなんだろうね

“幸せすぎる人たちが”政治家をやっているしねぇ。
それに“本質”に触れると、臭いものにフタという感じで、何も進まないし。
正直者が損を見る、なんかそんな世界になっている気がしますね。

morion | URL | 2010-09-17(Fri)22:06 [編集]